Megabacteriosis


メガバクテリア症

Avian Gastric Yeast 症 )


Avian Gastric Yeast(Megabacteria)
無染色 1000倍


病原

  グラム陽性、PAS陽性、長さ20〜70(最大90)μm×幅1〜5μmの大型で桿状の微生物が原因です。
 その形態からこの病原体はメガ・バクテリア MegaBacteria(巨大な細菌)と言われて来ましたが、  一体どのような生き物に属するものなのか(細菌なのか真菌なのか)さっぱり判っていませんでした。
  これまでの間、多くの研究者と臨床家の間で物議をかもしていたこの問題は、  2000年に報告されたHelgaらの報告で、一応の決着が付いたものと筆者は考えています。

  Helgaらは、メガバクテリアを「真菌」に文類し、その根拠として
  1.膜にCukarote核の存在
  2.細胞壁にセルロースとキチン質の存在
  3.Y字状の分岐、根棒状の 填塞、小枝状の塊の外見
  4.径が100nm以上の細胞壁
  5.細胞壁の外層における、采状の組織から成るコンパクトな境界の存在
  6.真核生物のRNAを持つメガバクテリアのリボゾームRNAのインサイツハイブリッド形成法
  7.アンホテリシンB治療の成功
 
  以上の7点を挙げています。
 (翻訳に自信がありませんので正確に知りたい人は原著を見てください。)
 
これらのことから、メガバクテリアは、真菌、特に「酵母菌」の一種ではないかと報告されています。
 このため、巨大な細菌の意味を持つ「メガバクテリア」という名称は、混乱を招くため、海外では廃止されつつあります。
現在では、この病原体をAvian Gastric Yest(鳥類の胃の酵母)と呼ぶように提唱されています。
(本ページでは、以降、メガバクテリアをAvian Gastric Yeastの略称であるAGYと表記していきます)
 
  多くの事が徐々にわかってきたのですが、AGYにはまだまだ不明な点が多く残されています。  それらが解明されるとき、今よりもっともっと助かる鳥の数が増えるのではないかと期待しています。

歴史

  AGYが世界に初めて登場したのは1982年のアメリカです。
 それ以前にもAGYはいたのか?それとも突然降って涌いたのか判っていません。  その出現以来、爆発的な伝播力であっという間に世界中の鳥達に見られる様に成ってしまいました。

  本邦においても、1990年代には鳥の専門医の中では認知され始めましたが、  すでに蔓延し尽くされた感のある現在においても、AGYの存在を知らない獣医が  殆どであり(鳥類の専門医と言われる人達の中でも正しく認識していないことがある)、  多くの誤診により、多くの命が奪われています。
  中でも、症状として嘔吐が見られることから、そ嚢炎と診断され、抗生物質の長期使用により  取り返しのつかない病態になってから来院する例が後を絶ちません。


宿主と伝播

  報告されているだけでオウム目、スズメ目、キジ目、ダチョウ目、カモ目、コウノトリ目など非常に多くの鳥類からAGYは検出されています。
哺乳類では、幼少期のイヌとネコで報告がありましたが、ヒトへの感染例は今の所ありません。
多くの鳥で報告されていますが、飼い鳥の中で実際に問題となる種は多くありません。
最も問題となるのはセキセイインコ であり、AGYに感染するとその多くは症状を出します。 急性・亜急性に死亡する型も少なくありませんし、慢性経過し徐々に体力を落とし死亡する例も多く見られます。
現在、鳥類の診療をしていて最も多い死亡例はセキセイインコのAGY症です。
また、ルリハインコ属、カナリア、キンカチョウもセキセイ同様の感受性を持っていると思われます。
ブンチョウ、ボタンインコ類にも検出される事がありますが、重篤な障害になることは稀です。 また、オカメインコの幼鳥に検出される場合、免疫低下や腸内細菌叢の不均衡が疑われますが難治例は少数です。
AGYの伝播は親から子へ起こる「垂直感染」が主と考えられます。 親が雛へ餌を与える際、腺胃からの吐き戻しを与えるため、腺胃に生息するAGYの伝播が容易に起こるものと考えられます。推測ですが、繁殖ストレスによる免疫低下が、胃内でのAGYの増殖を許し、感染率を増大させているものと考えられます。
卵を介した経卵感染はないと考えられています。 また、便へ排出されたAGYも感染源となるため便を摂食する事によって垂平感染が成立しますので、感染鳥の同居鳥は感染している危険があります。。

すでに世界中に伝播しており、日本でもAGYのいないブリーダー(繁殖家)を探すのは困難です。


病原性と病因論

  AGYは培地においての増殖が不良であり、臨床症状の再現が不可能なため  コッホの仮説が満たされておらず、論文状では病原性に関してあいまいな記述が多く見られます。
  そのため、AGYには病原性が無く鳥の正常な常在菌だとする臨床家や研究者もいたのですが、  実際の臨床の現場では、AGYはセキセイインコなどのある特定の種において、  明らかな病原性を持っていると断定することができます。

  ただし、AGY自体の侵襲性は弱く、胃に対しては弱い炎症反応を起こすだけなので  この病原体による疾病の成立には、何らかの補助因子 (繁殖、換羽、他の感染症もしくは非感染性疾患、輸送、栄養失調、その他のストレスなど)  が必要と考えられています。
  つまり、AGY症の「発症」には、この病原体の存在の他に、  宿主(鳥)のコンディション(感受性及び免疫状態)が大きく影響すると言う事です。
 また、AGYの株(または種)の違いにより、病原性が異なる可能性も示唆されています。


症状

 かつて、AGY症はその病原が明らかでない当時、 「going light」、「thin bird disease」、「debilitating syndrome」 (どれも、どんどん痩せて行くの意味)と呼ばれ恐れられていました。
 また、胃に生息し、胃を障害する事から腺胃・筋胃病(PVD)とも呼ばれていました。この胃障害から来る症状が激しく起こることがあります。

 これらの名称が示す通り、AGY症のもっとも特徴的な症状は以下の通りです。

最も良く見られる症状

削痩
 栄養不良から、筋肉が消費され、特に胸筋の萎縮が見られます。
体重の減少 Weight loss
 セキセインコで通常35gぐらいの所が、典型的には30g以下になります。20g近くなると予後不良となることが多いです。

良く見られる症状

嘔吐 Vomiting
 胃炎または胃食滞により起こります。まれに吐血を起こします。
未消化便
胃の機能不全により、粒が未消化、あるいは半摩りのまま便に排出されます。完全に粒が排出される場合、完穀便とも言われます。
下痢便 Diarrhea stool
 軟便になることが多く、肛門周囲に付着し垂れ下がります。
細菌による二次的な下痢では、抗生剤の投与により一時的に軽快するため、逆にAGYの発見が遅れることがあります。
黒色便
 胃潰瘍ぶから出た血液が消化酵素の作用を受け、黒色に変色した際見られます。
膨羽
 低栄養から体温の維持が出来ず、羽を膨らませます。このため削痩を見逃す事があります。
沈うつ、傾眠、嗜眠
 元気が無く、寝てばかりになります。
しかし、逆に悪化と共に著しく元気に動き回る個体も多く存在するため注意が必要です。

 これらは重要な症状の一つですが、すべての例で必ず見られるわけではなく、  ある日気が付いたら痩せていたということも少なくありません。



 また、AGY症は病型から大きく無症候型、急性型、亜急性型、慢性型の4型に分類する事が出来ます。
恐らく、AGY症が発症するか否か、また、どのような型となるかは宿主となった鳥自体の免疫力によるものと考えられます。

1.無症候型

 まったく症状を出さず、持続的あるいは断続的にAGYを便中に排出し、病原体の汚染源となります。 感染鳥の免疫が低下した際、発症し、急性型や慢性型へ移行するものと考えられます。 また、ストレスの増大する育趨期には免疫低下から、腺胃でのAGYの増殖が促され、 雛への吐出による給餌行動を通して垂直感染の機会を広げているものと考えられます。

2.急性型

 文献上ではセキセイインコのみに報告されています。状態の良好な鳥が、突如激しく沈うつになり、 羽を膨らませ、12〜24時間以内に死亡します。その多くの鳥が嘔吐により吐血する事から、急死の原因は 腺胃からの過度の吐血による失血死と考えられます。  

3.亜急性型

 1才未満の幼鳥〜若鳥に多く見られます。 膨羽、嘔吐、吐出、食欲不振、削痩、沈うつ〜傾眠、下痢、未消化便、黒色便などの症状が 単独であるいは複数併発して見られます。 早期の治療で、AGYが消えさえすれば予後は良好ですが、数年後に難治性の胃炎が再発する事もあります。

4.慢性型

 いわゆるGoing Lightと呼ばれる、どんどん痩せて行く状態です。多くは1才過ぎであり、 来院する時点で症状が出てからすでに数ヶ月経過していることもあります。 この病期ではすでに腺胃の拡張、筋胃のコイリン層の変形が起きてる事が多く、 食べたものを完全に消化できないため、粒のまま便が排出されます。そのため 殆どの個体が正常から異常な食欲を見せますが、栄養に出来ないため痩せてしまいます。 また、嘔吐が慢性的に見られるため顔周囲が汚れています。 また、頑固な胃出血から貧血を呈し足や嘴が白くなっている仔も見かけます。 たとえAGYがいなくなっても胃の障害が元に戻らない場合、予後不良となります。


病理

  鳥類の胃は二つ存在します。一つは我々の胃に相当し、消化酵素や胃酸を分泌する腺胃(また前胃)、 もう一つは歯の代わりに餌を磨り潰す筋胃(または後胃、一般的にはスナギモ)です。
 AGYは胃に生息するのですが、特に腺胃と筋胃の移行部である中間帯に潰瘍を形成し、胃出血をもたらします。
 腺胃の粘膜は粘液物による白っぽい被膜が覆い、胃の酸度を減少させるといわれています。この酸度の減少が消化の不全をもたらし、削痩の原因としている研究者もいます。
  慢性例では、腺胃は拡張し、腺胃拡張症となります。まれな例では胃潰瘍から胃穿孔を起こし腹膜炎となることもあります。
また、筋胃では、種子を磨り潰すためのヒダを備えた堅い膜であるコイリン層が障害され、ヒダが無くなり餌を磨り潰す事が出来なくなってしまいます。 このため、粒がそのまま便に出たり、その後の適切な消化が出来ず、削痩を引き起こすとも言われています。
AGYの胃自体への侵襲性は弱く、炎症性の反応も弱いです。 このため、なぜこれほどまでの激しい胃障害を起こすのか疑問が持たれます。 多くの事が不明ではありますが、一説にはAGYの存在による胃のpHの変化の関係がこの障害をもたらすと言われています。

 

診断

病原体の検出

 AGYは間欠的に糞便中に排出されるため、糞便の直接鏡検が最も有効で、簡便な検査といえます。
しかし、AGYに感染している鳥の内、約15%は糞便中にAGYを排出しないとされていますので注意が必要です。 最も、確実性の高い検査は腺胃の拭い液の採取、およびバイオプシーですが、侵襲性が高く実際的ではありません。

血液検査

 血清学的な検査は現在のところ開発されていません。
血液検査では緩徐な炎症像(ヘテロフィル性の白血球増多症)が見られる事もありますが、 後は貧弱な栄養状態が示されるだけで特異性が高くありません。

画像診断

 X線写真撮影は予後を判定するのに有効な検査で、特に造影剤を用いた検査では胃の拡張や蠕動の障害が明らかになります。


治療

とにかく、早期発見・早期治療が非常に重要になります。
AGYは培養や感受性試験が困難であるため、治療法に関して不明な事も多いのですが、 抗生剤がまったく効かず、ある種の抗真菌剤が良く効くことが分かっています(AGYが真菌なので当然です)。
逆に、抗生剤は菌交代症や免疫低下を引き起こため、単独での使用は禁忌です。
 
問題となるのは、各種の抗真菌剤がまったく効果を来たさない薬剤耐性と考えられるAGYです。
このAGYに感染した場合、現代の医学では対処する事が困難です。
発症していない仔では、免疫の低下を予防し、発症している仔では胃障害の治療で悪化を防ぐほか手立てがありません。 現在、様々な可能性を模索している所ですが、人医での新しい抗真菌剤の開発がカギを握っています。

また、AGYの排除と平行して、胃障害の治療及び低栄養の改善を行なわなければなりません。
胃障害には段階があり、その病期に適切な治療を施さないと反って障害が広がります。 AGYを熟知し、その治療に長けた専門医の指示を仰ぐべきです。


予防・消毒

AGYは親からの感染が最も多いため、AGY感染の予防は難しいです。 しかし、早期に発見し、治療を施せば胃障害の発症を防ぐ事が出来ます。慢性胃炎に転化してからの治療は困難になるため重要な事です。
 また、免疫低下がカギを握っていますから、寒冷、繁殖、換羽、転居などのストレス要因に注意すべきです。

 同居鳥に感染鳥がいる場合は、空気感染するわけではありませんので、さほど神経質になる必要は有りませんが、隔離し、接触を防ぎます。
消毒剤としては、研究データがありませんので不明ですが、 カビと考えるなら、塩素系(例えばキッチンハイターの100倍希釈)の消毒剤の使用が有効と考えられます。 感染鳥が接触した場所を、重点的にスプレーする事を薦めます。
消毒剤が不明な病原体に対する最も大事な除菌方法は、洗い流す事です。
中性洗剤で良く洗い流しましょう。

 最も良い方法は、AGYのいない仔を貰って来る事です。AGYの検出された事の無いクローズドコロニーからであれば安心です。
近年、AGYのいないセキセインコの作出方法が発表されました。 早くこの方法が世界に広がりAGYがこの世界から根絶される事を願います。


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